〈茶室について〉
- 圭介 田村
- Jun 11
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ここで少し茶室のことをお話しいたします。今は茶室の本も数多く出版されております中で、説明内容が若干異なることがあるかもしれませんが、これは流派や先生の教えなどによってでありますことをご承知おきください。また専門用語が多く出てきますが、できるだけみなさんに分かりやすく進めてまいりたいと思います。
茶道を習ったことがある方は分かりやすいかもしれませんが、客として茶室に入るときは「席入り」から始まります。席入りでは、客がまず表玄関を通り「露ろ地じ」といわれる庭を通って、蹲つくばいで手と口を清めます。そして順に茶室入り、中で床の間やその他の茶道具を拝見します。
この露地を含めた茶室全体の基本となるところは、千利休さんが考案しているのですが、さまざまな意味合いが取り入れられている面白さがあるのです。露地という庭もただ景観のための庭があるわけでなく、この庭の造りはわざと廻り込んだようにしてあります。そこにある蹲の役目は、柄杓を用いて身を清めることにあります。このような一連の流れを通して、人の穢れや煩悩を落とし、俗世から離れることを意味するのです。
さらに四畳半の茶室には〝躙にじり口ぐち〟というとても小さな入口があるのですが、この入口が小さいのは理由があります。
利休さんが生きた時代は、今にも名を残す織田信長、豊臣秀吉らの武将が活躍していた、まさに戦国時代でした。当時の茶の湯は武将たちのステイタスであり、毎日戦いに明け暮れる日常において心身をリフレッシュさせる効果もあり、無くてはならないものでした。いまでこそ女性の嗜たしなみのように思われがちの茶道ですが、もとは男性主体の文化だったのです。
武士といえば刀は必須ですが、茶室には持って入ることができません。実は、先ほどの躙り口の意味がここにあるのです。利休さんは茶37室に「身分を持ち入れる」ことを嫌いました。刀は武士としての象徴ですから、これを外すことで一人の「人」となります。
さらに躙り口は低い所に取り付けてありますから、どんな人でも頭を屈かがめて入ることになります。刀を外して頭を下げることで俗世の垢を落とすことも意味します。
そして中では床の間の掛け軸や茶花をつつしんで拝見し、一人の人間と人間が向き合って厳かに一杯の茶を頂くのです。

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